中立を装って介入したいボーイとガール

 

あーー

なるほど、今僕はマウント取られてるんだな。

 

喫茶店のおだやかな空気と時間の流れ、久々に会った友達の微笑み。

 

 

「○○○とかいう活動とかどうなんだろうね、結局自己満でしょ」

 

○○○を僕はやっていないけれど、僕がそこに親いことをしているのを彼女は知っている。さっきまでのいい雰囲気を称える彼女の少し上がった口角と、ずっと思っていたであろう僕への悪意を滲ませた言葉に比例して、上目遣いでこちらを伺っている。

 

僕は適当に相づちを打つ。心には汚点がポツンと残る。汚点がチクチクと痛む。

カップの底に残った真っ黒のコーヒーを見つめる。

 

 

「サークルどう?」

 

「楽しいよ。前話した先輩がさあ…」

 

彼女はサークルの内輪ネタを始めた。うんうん、と右に口角を上げながら僕は聞いた。ときどきiPhoneを取り出し「この人が○○先輩」と写真を指差して説明した。

 

「がんばってね、応援してる」

僕がそういうと彼女は嬉しそうに頷いて自分の隣に置いた楽器ケースに目をやった。

 

うだうだと話していると、高校時代の同級生の話になった。

「○○も○○も彼氏できたんだってー」

 

「へー!知らんかった」

 

久々にする他愛もない話、楽しかった。

 

 

でも彼女が、僕の部活時代の友達の話をはじめた。次第に僕の雲行きが怪しくなる。馴染みある人の名前ばかりなのに、妙によそよそしく、後ろめたくなる。

 

「○○○は大学でも野球続けてるんだって、部活ですごい頑張ってるって」

「どうして▲▲は野球続けなかったの?」

 

 

あ、と思った。でも思うより言葉が先に出ていた。

言える、僕がさっき心に落ちた汚点を今、晴らせる。

 

 

「大学生になってまでそういうのに打ち込むのってどうなんかな」

「野球ずっと続けて四年生になったときに何が残る?将来のこともっと考えたり、自分を理解する必要があるだろ」

 

 

彼女の表情が少し曇った。でも止まらなかった。

 

「続けることに意味があるって言う人はいるけどコスパ悪いんだよ、それって。他のコンテンツでもっと多角的に知れることだと思う。結局経験ってすごく主観に頼ってるものだと思うから」

 

そう言うと僕の心に落ちた汚点は消えた。

 

僕は彼女のことを批判したり、彼女の生き方を否定した訳じゃない。あくまで、○○○のことを言ったのだ。僕の生き方に考えたら、のことを言ったのだ。

 

 

表向きには。

 

 

 

話はすぐに切り替わった。

彼女は僕を褒めた。まっすぐな目で。すごいよ、と僕がこの二年年半でしてきたことを褒めた。

 

「▲▲はさ、高校の時からみんなと同じことしてても、視点が面白かったもんね」

 

彼女の目は嘘を言っていなかった。

僕はさっき、暗に彼女を批判したことが恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半分楽しみ、半分憂鬱で▲▲に会ったけれど、会ってからは憂鬱が勝っちゃったな。

 

あたしは▲▲と喫茶店で別れてからコンビニに寄ってアイシングクッキーを買った。電車が来るまで20分。さみしいから、あたしは閑散とした駅のホームで、ベンチに座ってクッキーを食べることにした。

 

もうすっかり夜の始まりで、遠くの住宅街に夕日の名残が見えるだけだった。

 

▲▲はどこを見ているのだろうか。

 

ずっとそう思っていた。だから会うのが楽しみなはずなのに半分憂鬱だった。

 

SNSの投稿も、人づてに聞いた話も、▲▲が何をしているのかわからなかった。

いや、していることはわかる。でもわからないの、▲▲の気持ちや温度が。

 

 

でも、これってあたしの逃避なのかな。しっかりこれから先の自分の人生や、変わっていく社会を捉えようとしている▲▲は、サークルに明け暮れるあたしからしたら目を背けたい、夏休みの課題みたいなもんなのかもしれない。

 

ゴリゴリとクッキーを噛み砕く。もっと噛み砕きたい、クッキーの味よりも噛み砕くという動作を私は欲している。

プアーーーっと目の前を通っていく快速電車も痛快だった。もっと凄まじい速さ、固さ、痛みが欲しかった。こんなジクジクしたことで頭を使いたくない。ああ、と楽器ケースを撫でた。吹きたいな、と思った。

 

一つだけあたしがちゃんと体感で▲▲に言えることがある。

▲▲は、私よりたくさんの人に会って、話して、いろんな本を読んでいるのかもしれない。大人の人といっぱいお話しして、社会を知ってるのかもしれない。

でもさ、私が見てる景色を否定できるわけじゃないんだよ。

 

どうして一つのことに打ち込んでる人が視野が狭いとかって言えるの、

私が見てきたもの、感じてきたこと、言葉にして理解していくこと、私だって出来るようになったよ。

 

いまの▲▲は損得で人を選んでいるようにしか思えない、貧相だと思った。

 

うん、そうだ、と思いながらあたしはノロノロとホームにやってきた普通電車に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎◎と喫茶店別れてから、僕は歩いて5分ほどあるチェーンのコーヒーショップに入った。

コーヒーの味は正直なんでも良かった。コーヒーはいわば場所代だ。

 

パソコンを開くと、手帳に書いた構想を元に、文章を書いていく。知り合いの人が運営するサイトで隔週連載をしているのだ。

 

「自分の強みのみつけかた」

昨日の大学の講義の間で考えたタイトルを入力して手が止まった。

 

 

 

◎◎が僕に言ってくれた言葉を思い出していた。

 

 

 

「▲▲はさ、高校の時からみんなと同じことしてても、視点が面白かったもんね」

 

 

うれしかった。

でも◎◎こそ、視点が面白いし鋭いと今になって思う。

じゃなきゃ僕の個性とかに高校時代で気づけないだろう。

◎◎のことを僕はすごいと思っている。だからこそ勿体ないと思う。

◎◎に会わせたい人がたくさんいる。◎◎がもっと花開いてもらえたら良いのに、と僕は思う。

 

 

 

 

「自分の強みのみつけかた」

手帳に書いた下書きの中に、「視野を広げる」を書き足した。